公開日: 2026.04.18 / 最終更新日: 2026.09.14
得意先がECに移行してくれない時の対処法|移行率をKPIにしない
受発注ECへの得意先移行が進まないのは失敗ではありません。移行率をKPIにする発想の3つの誤解を解き、FAXが残っても社内処理を自動化する「1件あたり処理コスト」基準の受発注DXを提案します。
受発注サイトを立ち上げたのに、使ってくれる得意先は全体の2割。残りは相変わらずFAXと電話——。この状態を「DXの失敗」と呼ぶ人がいますが、私はそう考えません。失敗しているのはDXではなく、KPIの置き方です。よくある誤解を三つ、順番に崩していきます。
誤解1「全得意先が移行しないと投資が無駄になる」
無駄にはなりません。卸の取引構造は多くの場合、上位2割の得意先が売上の大半を占めます。仮に件数ベースの移行率が2割でも、それが発注頻度の高い得意先なら、処理件数ベースでは4割・5割の自動化になっている可能性があります。
投資判断の分母に置くべきは「得意先の社数」ではなく「注文の処理件数と処理時間」です。受注事務の人件費は1名あたり月25〜35万円が相場観で、2名なら年600〜840万円の固定費。この固定費のうち何割を削れたかが問うべき成果であって、何社がECに移ったかではありません。ここを取り違えると、効果が出ているのに失敗と総括するという、もったいない誤診が起きます。
誤解2「移行しないのは得意先が頑固だから」
得意先の側に立てば当然の行動です。発注側にとって、貴社のECサイトは「数ある仕入先の一つのために覚える新しい操作」にすぎません。しかも先方には先方の発注フロー——手書きの発注書、基幹システムからのFAX自動送信——が既にあります。相手の業務を変えさせるコストを、こちらの都合で払わせようとしている構図なのです。
だから「案内文を送る」「営業が説得する」だけでは動きません。動かすなら発注側にメリット(在庫や納期がすぐ見える、発注履歴から再注文できる等)を用意する。それでも動かない相手は動かない前提で設計する。これが現実的な線です。
誤解3「FAXが残っている=DXできていない」
FAXが残ることと、FAXを人が処理することは別問題です。受信したFAXをAI-OCRで読み取り、注文データに変換して基幹システムまで流す仕組みを作れば、得意先はFAXのまま、社内はデジタルという状態が成立します。入口が紙でも、処理がデータなら業務コストは削れるのです。
実例もあります。業務用厨房器具卸の江部松商事は、AI-OCRの活用でFAX受注入力の工数を約93%削減したと公表しています(LINE WORKSの導入事例)。得意先にFAXをやめてもらったわけではありません。FAXは1枚も減らさないまま、社内の入力工数だけを9割落とした——これが「移行率をKPIにしない」設計の到達点です。ただしこの数字は訂正フローまで含めて設計した結果であり、ツールを買えば自動で93%減るわけではない点は補足しておきます。
むしろ「FAX全廃」を掲げて得意先との関係をこじらせるほうが、事業としては高くつきます。長年の取引先に発注手段の変更を迫ることは、競合に乗り換える口実を与えることにもなりかねません。
正しいKPIは「1件あたり処理コスト」
- 受注1件を処理データ化するまでの所要時間(FAX・電話・EC別に計測)
- 受注処理にかかる月間総時間と人件費換算額
- 転記ミス・聞き間違いに起因するトラブル件数
- EC発注のメリットを感じやすい得意先への個別移行提案数(移行率ではなく提案数)
このKPIなら、FAXで届く注文もECで届く注文も同じ物差しで測れます。移行してくれる得意先はECへ、動かない得意先の注文はAIで自動処理へ。入口を問わず処理コストを下げるのが、移行率に振り回されない受発注DXです。
具体的に数えてみます。受注1件の入力・確認に5分、月1,000件なら月83時間、時給2,000円換算で月16.6万円が入力に消えている計算です。仮に得意先の社数ベースの移行率が2割でも、その2割が発注頻度の高い上位得意先なら、処理件数ベースでは4〜5割を自動化できていることがあります。見るべきは「16.6万円のうちいくら消えたか」であって、「何社がECに移ったか」ではありません。この分母の置き換えこそ、移行率をKPIから外すという判断の中身です。
仕組みの側で言えば、FAX・電話で届く注文をデータ化する経路と、Web発注の経路の両方を持ち、最終的に基幹で1本にまとめる構成になります。得意先には選択肢を残したまま、社内の処理コストだけを下げる形です。この構成なら、移行率が何%であっても社内の効率化は進み、得意先に移行を迫る必要がなくなります。
移行しない得意先を『類型』で捉える
動かない得意先をひとくくりに「頑固」と片付けると、打ち手を間違えます。移行しない理由はいくつかの型に分かれ、型ごとに現実的な対応が変わります。
- デジタルに不慣れな型:発注担当が高齢、あるいはPC・スマホでの操作に抵抗がある。無理に移すより、FAX・電話のままAIで社内処理する対象と割り切るのが現実的です
- 既存フローが完成している型:先方の基幹システムから発注書が自動でFAX送信されるなど、変える動機が乏しい。ここは相手のフローに合わせ、届く形式のまま取り込む設計が向きます
- 発注量が少ない型:たまにしか注文しないため、新しい操作を覚える気になれない。少額・低頻度なら移行を追わず、処理コストだけ下げれば十分です
- メリットが見えない型:Web発注の利点が伝わっていないだけの層。在庫や納期がその場で分かる、発注履歴から再注文できるといった具体的な利点を示すと動くことがあります
この四類型のうち、営業の労力を割く価値があるのは基本的に最後の「メリットが見えない型」だけです。残りは説得のコストが見合わないため、移行を追うより社内のAI処理で吸収するほうが安く済みます。全社を一律に説得しようとすると、労力の大半が動かない相手に消えてしまいます。
社内の物差しを、営業にも浸透させる
KPIを「1件あたり処理コスト」に変えても、営業担当が今までどおり得意先ごとの移行社数で成果を語っていると、社内の空気は変わりません。報告の物差しを揃えることが、運用を定着させる出発点です。
定例会議で見る数字を「何社移ったか」から「処理コストがどれだけ下がったか」に置き換えるだけで、営業の動き方も変わってきます。動かない得意先を追いかける労力が、処理を整える側に自然と振り向くようになるからです。
先に挙げた四類型を営業にも共有しておくと、無理な移行提案をしなくなります。相手の型を見極めたうえで声をかける営業と、全件に同じトークをする営業とでは、長期的な取引先との関係の壊れやすさが変わってきます。
この論点の前段として卸売EC移行の並走設計、次の一手としてFAX受注の自動化も参考になります。
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- Q. 得意先がECを使ってくれません。どうすればいいですか?
- A. 使わない得意先が残る前提で設計してください。移行を強制せず、FAX・電話で届く注文はデータ化して吸収し、Web発注に移れる得意先だけを移せば、社内の処理コストは確実に下がります。移行を条件にすると、取引そのものを失う危険があります。実際、発注方法を変えることは相手にとって業務の変更であり、こちらの都合で動いてもらえるものではありません。
- Q. 「移行率をKPIにしない」とはどういう意味ですか?
- A. 何%の得意先がECに移ったかを目標に置くと、現場が数字を作るために取引先へ圧力をかける構図になります。本来の目的は受注事務の削減であり、注文の入口がECでもFAXでも構いません。見るべき指標は、受注1件あたりの処理時間、入力ミスの件数、そして担当者が不在でも処理が止まらないかどうかです。
- Q. 全得意先を一斉に移すべきですか?
- A. いいえ。移れる先から段階的に移し、残りはデータ化で吸収する併走が現実的です。順番としては、①発注件数が多くWebに抵抗のない先、②定番品の再注文が中心の先、③特殊な条件が多い先、の順に案内します。①だけで受注件数の相当部分が動くことが多く、効果が早く出ます。
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